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時間と自己 (中公新書 (674))
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| 商品カテゴリ: | 医学,薬学,医療,看護,介護
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| セールスランク: | 99896 位
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| 参考価格: | ¥ 693 (消費税込)
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苦手な距離感
大地に立ったとき、あらゆるベクトルの向きを知ることになる。
人はどこかでそのベクトルを操ろうとしてきたのではないだろうか。
「あいだ」「距離感」は高校のときからずっと考えてきた。
まさか、こんなにわかりやすく説明している人がいるとは。
もっと早く読んでいれば、傷つけずにすんだ人がたくさんいる。
無理やりなベクトルを、受け流すくらいはできたはずだった。
「存在と時間(ハイデッカー)」に続く、木村氏による「時間と自己」。「時間と自己」に迫る思考力、筆力が凄い。
「もの」と「こと」の差異から、「回顧的に見出される自己」=「差異化し続ける自己」=「自己の自己性」を解き明かす。
自己の成立が「いま」を成立させ、未来と過去を析出するという時間構造。
そこから、分裂病者のアンチ・フェストゥム(前夜祭)、鬱病者のポスト・フェストゥム(後の祭り)、第三の狂気のイントラ・フェストゥム(祭のさなか)を展開する。ただし、それらは未来志向、過去志向、現在志向として同一軸に配置されるものではなく質的に全く異なるとする。
「もの」を見るという距離感に対して、「こと」はことばを派生し、ことばは「私たち自身から限りなく近いところで聞かれる」。「見る」と「聴く、話す」の決定的な差異。幻声はここにおいて捉えられないだろうか。自己の自己性として「一方の私はもう一方の私にとって他者の立場に立ちうる」とは、自己の自己性が自己の他者性でもあり得ることを示唆する。幻声とは、自己の他者性が、認知における間主観性とのつながりをとれなくなっているとは考えられないか。
さらに、自己の自己性が自己の他者性であれば、自と他の関係性が反転あるいは入換え可能な構造と考えられる。反転あるいは入換えによって二重人格、多重人格が現れるとは考えられないだろうか。それは著者の説く「役割同一性と自己同一性」にも関わっている。
精神の宇宙へ
木村敏氏の業績はなんといっても「こと」の世界(厳密には世界でさえないのだが)を明らかにしたことでしょう。広い視野に立った見晴るかしは精神医学のみならず、哲学、文学までをも深い奥行のなかで見据えている。惜しむらくは新書の制約のなかで書かれているため、やや資料に不足がある点だ。
メチャクチャ
私は、統合失調症(精神分裂病)を患っています。そんな私からみると、でたらめを書き連ねてあるとしか、思えません。
中央公論新社
異常の構造 (講談社現代新書 331) あいだ (ちくま学芸文庫) 自己・あいだ・時間―現象学的精神病理学 (ちくま学芸文庫) 心の病理を考える (岩波新書) 関係としての自己
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